ニ〇三高地もとは“猿石山”(峯は猿達が集まっているようの意から)と呼ばれたのです。旅順口新市区の西側に位置し、海抜は203ですから、“ニ〇三高地”と呼ばれるわけです。ここは日露戦争に旅順争奪の中、西部戦線の一番激しかった主戦場です。その戦争に、日本軍隊は一万人も傷亡し、最後やっとここを占領したのです。日本軍隊の司令官乃木希典は203の音読みでここを“爾霊山”と改名し、しかも、集めた大砲の残骸と廃棄した武器で高さ10.3m、形は日本製ライフル弾の記念碑を鋳りました。乃木希典は碑名をし、帝国侵略の罪証となったのです。いま ここは国家級の森林公園となっています。